北前船による国内の交易、安政6年(1859年)日本最初の国際貿易港としての開港、北洋漁業の基地としての繁栄。函館は上方や江戸文化はは言うに及ばず、内外様々な文化をいち早く取り入れた都市であり、食の文化も非常に多彩であったとされ、その流れが今に伝えられている。
西洋料理専門店開店の記録は文久3年(1863)の長崎とされるが、ジャガイモと共に西洋料理に必須の玉葱や人参等の西洋野菜が、既に栽培されていたと言う食材の豊かさによるところから、箱館ではその4年ほど前に奉行所の認可を受けた重三郎何某が開業したと伝えられもする。中華料理も開港と同時に昆布の買い付けに来ていた華僑が伝え、明治43年(1910年)には現存する中華会館にあった支那料理「蘭亭」の、北洋景気による繁栄振りが伝えられ・・・・